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CADオペレーター七変化~目の前にはいつもCADオペの道(4)~

在宅のCADオペはキツかった…

当時、私はすでにフリーランスとして仕事をしていました。
CAD以外にWEB関係の仕事も請けており、仕事環境もそれなりに整っていたはずです。

T企画設計では、設計士が個人の裁量で図面を外注に出していました。
自分では対応できない仕事を外注に出すわけです。
それも、「膨大な量の仕事があって、その一部を外注に出す」というのとも、少し違っていたように思います。

仕事の依頼はいつも週末…

つまり、T企画設計の社員である設計士が休むために、外注へ仕事を振っていたのです。
だから、平日昼間ずっと家にいるにも関わらず、週末とか連休中になると、部屋にこもって必死で仕事をしていた記憶があります。
納期に間に合わせるため、徹夜したこともありました。

仕事自体は決して難しくはありませんでしたが、刻一刻と迫りくる納期に追われ、

「終わらないかもしれない」
「この仕事は本当に終わるのだろうか」

という、強迫観念にかられたこともありました。

基本的に、家でひとり。
しかも、夜中に黙々と仕事をするわけです。
こういう働き方が、私には向かなかったんですね。

運命の分かれ道はどこに…

ところで、設計事務所時代の後輩にIさんという女の子がいました。
私が入社した1年ほどあとに入社し、私が退社したあと間もなく辞めた子です。
なんと、このIさん。例の設計事務所を辞めたあとT企画設計に入社し、バリバリの設計士になっていたんです。
私が在宅CADオペとしてT企画設計の仕事を請けていた頃には、すでに結婚して退社したあとでしたが。

もしかしたら、私にも別の道があったのかもしれない。
どうして、もう設計の仕事はできないと思ってしまったんだろう。
あの当時、まだまだあんなに若くて、まだまだ可能性があったというのに…。

CADオペ仲間との出会い

ある日、打ち合わせのためにT企画設計を訪れた時のこと。来客用の駐車場で、T企画設計の事務服を着た女性と遭遇しました。
「こんにちは」と挨拶する私をジーっと見つめたあと、彼女は言いました。

「もしかして、CADオペの人?」

彼女はT企画設計の事務員さんではなく、私と同じフリーのCADオペレーターだったのです。
私より10歳くらい年上の彼女は、結婚してこちらへ引っ越してきた20代の頃からずっと、T企画設計の仕事をしているそうです。
最初は常駐でしたが(だから制服を持っている)、いつからか会社の方針が変わり、在宅で仕事をするようになったのだそうです。
T企画設計の女性設計士さんたちとは、一緒に旅行へ行くような仲だったと。

「私のほかにもCADオペさんがいるとは聞いてて、会ってみたいと思ってたの」

これが、先輩CADオペのAさんとの出会いです。

在宅CADオペレーターを辞めた理由

3年くらい、T企画設計の在宅CADオペレーターとして仕事をさせてもらったでしょうか。
納期に追われ、つらい時もありました。それでも、赤ん坊がいながら仕事のできる境遇はありがたかったです。
だけど、第二子の妊娠がわかってしばらくたった頃、私は、

「お仕事を辞めさせてもらいたい」

と、T企画設計に申し入れました。
長女の時は産前・産後それぞれ1ケ月休んだだけで、仕事は続けていました。だけど、妊娠も出産も子育ても、1回1回違います。
長女の時より3つ年をとって、体力が落ちていたのもあるのかもしれませんが。

つわりがひどかった…

つねに気持ち悪く、起きていられないのです。
気持ち悪いだけでなく、四六時中激しい睡魔に襲われて、仕事がまったく手につきません。
依頼のあった仕事をこなすのにも、信じられないほどの時間を要しました。

もうダメ。

長女の相手だけで手いっぱい。
この長女がまた、信じられないほど手のかかる子だったのです。
おとなしく座っていることが、まずできない。一瞬でも手を離せば速攻で逃げていくので、公共の場所ではつねに羽交い絞め。プラス、蟹ばさみ。

疲れきっていたんですね。

きっと辞めるにはいい時期だった

なぜなら、T企画設計からの仕事の依頼も少しずつ減っていたから。
何年もたてば、会社の状況も変わるでしょう。新入社員が入れば、CADオペの仕事も当然なくなります。
ちょうど潮時だったのでしょうね。

これを機に、私はCADの仕事だけでなく、フリーで請け負っていた仕事すべて辞めたのです。

Published in CADオペレーターになろう!